2010年01月09日

始業式に送る途中に車転落、中2と祖父死亡(読売新聞)

 8日午前6時半頃、新潟県燕市燕の県道で、新潟市南区白根東町、会社役員吉田新一さん(69)の乗用車が道路左側の転落防止柵を突き破り、約14メートルの斜面を通って中ノ口川に転落した。

 吉田さんと、助手席にいた孫の燕市立燕中学校2年凛(りん)さん(14)が死亡した。現場は緩い右カーブで、燕署は、凍結した路面でスリップしたとみて調べている。

 この日は同校の始業式で、吉田さんは、凛さんを送る途中だったという。

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posted by 孝太郎 at 16:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【キブンの時代】第1部 考えはどこに(5)ブームに乗せられる (産経新聞)

 ■情報過多「もちもち」になびく消費者

 単品で年5億円を売り上げれば大ヒットとされる「ふりかけ」で、昨年6億円を売り上げた商品がある。ミツカンの「おむすび山 赤飯風味」。振りかけると、ご飯が赤飯風味になる。

 この商品のキーワードが「もちもち感」。ミツカン広報の浦本五郎(41)は「もちもち感には、ひと手間かけたというイメージがある。折からのもちもちブームにうまく乗った」という。

 もちもち感−。おむすび山だけでなく、ここ2、3年のヒット食品に共通する食感だ。パン、うどん、ケーキ、納豆、たい焼き…。

 「“もちもち”がいい、となれば皆がそれになびいてしまう。今の消費者は『意識』ではなく『気分』で動いている」

 電通総研・消費の未来研究部長の四元正弘(49)が消費者心理を解説してくれた。

 「この10年来、個人の処理能力を超える量の商品や情報があふれかえるようになった。逐一、物事を詰め切って考えることができないから、表層的な情報を元に『気分』『直感』で動くしかない」

 多くの人が「もちもち感がいい」と言っていると聞けば、とりあえず、なびいてみる。多くの人がなびけば、さらに多くの企業がもちもち感の商品を投入する。気分と供給の相乗効果だ。

                  ◆◇◆

 消費の表舞台に「気分」という言葉が華々しく登場したのは昭和51年。セブン−イレブンのコマーシャルだったといえる。

 ♪セブン、イレブン、いい気分〜♪

 同社広報では「品ぞろえ、清潔さ、接客対応などを充実させることで、店に来たお客さまにいい気分になってもらうという思いを込めたフレーズだ」と説明する。

 コマーシャル登場から30年。「いい気分」の提供にこだわり続けてきたセブン−イレブンは全国に1万2千店を展開するコンビニ業界の雄となった。店舗数の増加が、消費の世界における気分の重要性の増大に重なってみえる。

 四元の所属する電通では、消費者の意識を調査し、隔月で発行していたリポート「消費実感調査」を、昨年春から季刊の「消費気分調査」というタイトルに変えた。「より周囲の雰囲気に乗せられた気分でモノを買う、最近の動向に合わせて」(四元)だという。

                  ◆◇◆

 飲食店の店舗戦略からメニュー開発までを考えるフードプロデューサーの小倉朋子も消費者の気分の大切さを痛感する一人だが、一方で気分のままの消費行動に不安も感じている。

 BSE(牛海綿状脳症)や毒ギョーザ事件、食品偽装など食の安全を脅かす問題が相次ぐなか、消費者はより詳しい情報を求めるようになっている。

 牛肉なら「国産」という情報だけでは足りない。生産地はどこか、生産者は誰か、牛の飼料は何を使っているか。

 「でも、企業側から提示された情報を受け取るだけ。消費者自らが勉強したり、調べたりはしない。安全という気分になるための理屈づけがほしいだけではないか」

 四元も同じような懸念を口にする。

 「消費者が判断材料とする情報が表層的でも、善意の情報ならばいい。でも、悪意のある情報が提供され、消費者の気分が乗っかってしまう危険性だって十分にある」

(敬称略)

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posted by 孝太郎 at 03:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

皇族子弟の学習院離れ、なぜ?(読売新聞)

 年が明けて入試シーズン本番。出願先の選択にぎりぎりまで悩んでいる受験生も少なくないだろう。

 これまで学習院以外の選択肢は考えられなかった皇室の方々が、別の進路を選ばれるケースも目立ってきた。

 最初の「異変」は2008年9月。学習院女子大を経て英国に留学していた高円宮家の長女、承子さま(23)が早稲田大の国際教養学部に入学された。

 現在の皇室で戦後に皇族として生まれた方々は、海外留学を除いて、みな小学校から大学まで学習院で学ばれており、ほかの大学への進学は初めてのことだった。

 続いて09年4月、高円宮家の三女、絢子さま(19)が城西国際大福祉総合学部に入学。今年4月には、秋篠宮家の長女、眞子さま(18)が国際基督教大に、長男の悠仁さま(3)がお茶の水女子大付属幼稚園に入られる。

 学習院は江戸時代末期の1847年、公家の子弟の学習所として京都御所の隣接地に開講した。明治維新後に東京へ移り、1884年(明治17年)には宮内省所轄の官立学校に。1926年(大正15年)公布の皇族就学令は、皇族について原則として学習院か女子学習院で学ぶものとした。

 戦後、同令は廃止。学習院は私立学校になったが、引き続き皇族方の教育の受け皿になってきた。戦時中に閉園していた付属幼稚園が、今の皇太子さまの入園を翌年に控えた63年に再開されたことからも、縁の深さがわかる。

 にもかかわらず、別の学校に進むケースが出てきた背景には、学習院大の教育内容が若い皇族方の希望と必ずしも一致しなくなった事情がある。承子さまは、留学生が多く英語で授業が行われる学習環境を、絢子さまは児童福祉のコースを望まれた。一方で眞子さまは、入学後の2年間は専攻を決めず幅広く一般教養を学べる大学として、国際基督教大を選ばれたという。

 悠仁さまがお茶の水女子大付属幼稚園に入園するのは、学習院幼稚園が2年保育であるのに対し、秋篠宮ご夫妻が3年保育を強く希望されたためという。お茶大幼稚園の園児はほぼ全員が同大の付属小に上がるといい、悠仁さまは初めて学習院以外の小学校に進む可能性がある。

 文、理、法、経済の4学部がある学習院大は、この46年間、新しい学部を設けていない。「確かに時代のニーズに応えられなくなっているのかもしれない。学部を増設する必要性は感じている」。学習院の波多野敬雄院長(78)の言葉だ。

 皇太子さまの高校時代の担任で「浩宮の感情教育」の著書もある小坂部元秀さん(77)によれば、学習院は多くの皇族を受け入れてきただけに、逆に皇族を特別扱いしない伝統がある。「そんな学習院が、皇族にとって居心地の良い学校であることは間違いない。そこから飛び出すのは冒険だが、得られるものも多いのではないでしょうか」。小坂部さんはそう話している。(太田雅之)

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posted by 孝太郎 at 00:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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